2005年08月06日
東京物語 written by 奥田英朗

「空中ブランコ」で直木賞をとった奥田英朗の著書。
1978年、名古屋から大学受験のために上京してきた田村久雄青年。
そんな彼が、予備校、大学を経て社会に出て一人前になるまでの青春グラフィティー。
節目の30歳を迎えるとき、ちょうど日本が浮かれに浮かれたバブルが重なる。
私はあの頃・・・と、我が軌跡に重ねあわせ、ちょっぴり甘酸っぱい気持ちになる。
2005年07月03日
阿房列車 written by 内田百閒(ひゃっけん)

行った先に世間的な目的のない旅を、百閒先生は『阿房(あほう)列車』と呼ぶ。
「汽車が走ったから遠くまで行き著き(つき)、又こっちへ走ったから、それに乗っていた私が帰って来ただけの事で、面白い話の種なんかない。」といいつつ、百閒先生が仕立てた15の阿房列車の旅。
一人では寂しくて、必ず連れて行く相棒がおり、その人を『ヒマラヤ山系』と称している。
何を聞かれても「はぁ」と気のない返事をする彼だが、百閒先生には心地がいいらしい。
普段はぼぉっとした感じの山系氏だが、国鉄の職員であるだけに、全国的に顔が広い。
お酒が大好きで、寝台特急の食堂車や、逗留先の旅館での一献(酒席のことか?)を何よりも楽しみにし、そこに百閒先生の友人であったり、山系氏の知人であったりする、甘木(某)君、何樫(なにがし)君、垂逸(たれそれ)君が混じる。
分類するならば旅行記ということになるけれど、名所、旧跡が出てくるわけではない。
しかし、気難しさと、それを上回るさりげないユーモアに触れ、「あぁ、そこ、行ってみたい」と思ってしまうのだ。
2005年01月01日
鉄道でゆく edited by 学研

ある日の朝刊の広告欄で偶然目にした雑誌。
amazonの本屋さんで検索してみたら、過去に1号、2号と発刊されていた。
おもしろそうだな、とカートに放り込んだまま、しばらく忘れていたのだが、暮れになって思い出し、3冊まとめて注文してみた。
文字通り、鉄道の旅を様々な方向から企画し、編集した雑誌だ。
大晦日から今日、元日にかけて、忙しさもひと段落した中で、何気にページを開いている。
薄っぺらな旅行雑誌に比べ(”情報”ではなく、”紙”、ね)、厚手で写真もきれいだし、読み捨てにはできないな、と思う雑誌だ。
電車はいいなぁ、とあらためて思う。
また、むくむくと電車旅への野望が膨らんできた。
-------< 追記 >-------
今、第3号を読み終えた。
終わりに近いページに、「あの頃の“駅”の時間 昭和57年上野駅」という特集がある。
そこに、駅員さんが改札の上に乗っかって、看板を掛けなおしている姿が写っている。
発車時刻と電車の種類、名前、行き先、そして発車する番線が書いてある、縦に細長い看板だ。
それが改札の上に張られた1本の針金に、ずらっと並ぶのだ。
今で言うなら、さしずめ行き先を表示した電光掲示板か。今なら自動的に切り替わる表示も、全て駅員さんの手で行われていた。
上野駅、東北本線上にある両親の実家に帰省するとき、私も何度も訪れた駅。
あの頃のセピア色の記憶が、今はっきりとよみがえった。
2004年11月10日
時刻表 edited by (株)交通新聞社

JR九州からJR北海道まで、全国のJRを網羅する。
旅の前に、駅の売店に立ち寄れば、いつでも買える、ポケットサイズの時刻表。
ページを開くと、まず全国の路線図が目に入る。
これがまたおもしろい。
南は九州から始まって徐々に北上し、北海道に到達する。
紙の上の、ただ丸と棒が繋がっただけの絵を見ながら、もう十分に旅気分が味わえるのがすごい。
毎月発行されるこの本、表紙の写真がまたいいんだな。
これは、先月、房総半島を旅したときに買ったもの。ちょうど『旅の手帳』のすぐ上が房総。
がたごと揺れた軌跡がちょっと嬉しい。
2004年10月24日
驛の記憶 phote by 真島満秀

電車、駅、線路・・・この類のものはなぜにこんなに郷愁をそそられるのだろう。
2つ違いの兄は幼い頃から電車が好きだった。長四角の物体は、どんなものでも電車に変身した。母が愛用していた足踏みミシンの両袖についた長方形の引き出しには、周りにぐるりと黒いクレヨンで窓やらドアやらが書いてあった。兄が二つの引き出しを取り出し、縦に並べて電車代わりにして遊んでいたのだ。どうも私の電車好きは、そのあたりからきているらしい。
私が幼い頃を過ごした町は、その地域の中心街から単線のローカル電車に揺られて約20分入ったところ。今では都心のベットタウンとなっているが、それでも今でもたんぼの真中を線路が突っ切るような場面があちこちに見られるようなところ。
これが私の電車に対する原風景なのかも知れない。
この本は、確か新聞の書評欄からその存在を知った本だ。織り成す四季の中に佇む駅を中心とした写真集。タイトルを見て、表紙の写真を見て、『欲しい』と思った本。しかし、一冊2200円はちと高いかな、とも思った。しばし考えた。そして結局、魅惑が勝った。
読み終わって、やはり買ってよかったと思っている。私の大切な愛読の書となった。
2004年05月18日
廃用身 written by 久坂部 羊

廃用身とは・・・
医学専門用語。
病気などにより、機能が損なわれてしまった体の部分。
例えば、脳梗塞など脳障害により麻痺してしまったために、リハビリを繰り返しても機能が回復しない腕や足など。
デイケアーセンターを併設した老人病院の院長が綴る廃用身のための画期的な治療法のルポルタージュと、その解説。
ノンフィクションの形をとりながら、実はそれ自体がフィクションであり、それを理解するまでに少しの時間がかかる。
廃用身の治療方法、それは普通に考えたら全くもってとんでもない発想なのだが、院長のルポを読むうちに、「それもいいかも」と考え始めてしまうところが、そんじょそこらのホラーよりもよっぽど恐ろしい。
同時に、近い将来確実にやってくる高齢化社会の中で、多くの人たちが直面するであろう介護問題をも、鋭くえぐっている。
誰もが人の迷惑にならないように生きていきたい、と思っている。
でも、好むと好まざるとにかかわらず、体は確実に衰えていく。
そして、やがて、誰にも平等に死が訪れる。
人は生きてきたように死んでいく、とよく言われる。
自分が人生の先輩たちに対してしてきたように、次の世代から扱われるのだ。
人生半ば、折り返し点に立って、あと半分、どう生きようか、とあらためて思うのである。
2004年05月04日
シエラレオネ written by 山本敏晴

正式タイトルは、「シエラレオネ 5歳まで生きられない子どもたち」
アフリカ大陸の西側。北海道ほどの面積のこの国では、今も内紛が続いている。
原因は、南東部で採れる「ダイアモンド」。
それを目的で隣の国から攻めてきた大統領は、国際批判をかわすために、国内での内戦に仕立て上げた。
ページをつづるのは、「国境なき医師団」の山本敏晴氏。
あどけない子どもたちの写真、その中に時たま現れる、無残な姿。
反乱軍は、小さな少年、少女を誘拐し、麻薬を打って戦力にした。
発達段階の大事な時期を、そうやって抹殺してしまったため、子どもたちには心が育たない。
人を殺すことを、なんとも思わなくなってしまう。
あるいは、一般市民を、殺すのではなく、生きながらえさせつつ、手足を切断する。
そうすることで、人々は介護を余儀なくさせられ、その結果、国力を弱めていく。
ときどき、新聞などで耳にするこの国の名前。
こんなに悲惨な状況とは、思いもしなかった。
もちろん、そこで戦いがある以上、悲惨でないはずはないのだが。
どこの国でも、子どもたちの笑顔はかわいい。
そして、苦痛にゆがめられたその表情には張り裂けんばかりに心が痛む。
なぜ、みんなで仲良くできないんだ、と子どもようなことを思ってしまう。
一日も早く、この国の子どもたちに笑顔が戻る日が来るように、そして、この国の子どもたちがきちんと大人になれるように、と、心の底から祈り続ける。
私たち、とりあえず平和を享受している者たちが、できることってなんだろう。
【山本敏晴/著 アートン/刊】